山頂を後にした一行は、これまでの道のりとは一転して下り坂を進んでいった。午前中ずっと囲まれていた木々は途切れ、潅木と下草が生い茂り、所々岩石が露出した風景が広がる。道は稜線上にはっきりと浮かび、大菩薩峠まで続いているのが見えた。進行方向の右手側(つまり南の方角)には、湖面に太陽の光を反射し、銀色に眩しく輝く大菩薩湖が遠望できる。
稜線を進む一行の上に、遮るものの無くなった陽光が降り注いでいた。だが、周囲の空気は冷たく乾燥しており、日差しは特に気にならない。休憩により気力、体力を十分に回復していた彼らは順調に歩を進め、30分程で荒涼とした場所に到着した。大小様々な石が堆積しガレ場となっている。避難小屋と思しき木とトタンで出来た建物がポツンと存在し、その他には標識と、小高く積み上げられた石の塔が複数目に入った。
「チョルテン(チベット語で仏塔の意)か?ほら、ヒマラヤとかでよくあるやつ」
「それにしても、旗とかが無いね」
という風にボケるには、あまりにも石積みの数が多い。それに、この地でチベット仏教が根強く信仰されているとは、とうてい考えられない。この光景は誰が見ても素直に「三途の川」を連想させる。そう、ここはその名も「賽ノ河原」である。「一つ積んでは父のため…」と歌いながら、親に先立った子供たちが石を積み上げる。塔が完成間近になると、鬼が壊しにきてやり直し、という切ない話の最後には地蔵菩薩が救済するとのこと。この一面に広がる荒涼としたガレ場を見た先人も、三途の川の光景を連想させて名付けたのであろう。そして、元々の大菩薩峠はこの場所であったそうだ。以前から峠道で迷って帰らぬ人が多発していたため、現在の場所へ道を付け替えたとのことである。まさに踏み越えると現世には帰れぬ場所であったらしい。
「こわっ!賽ノ河原かよ…」
「これはやばいっすよ…」
「縁起でもないことが起きるから、誰も石積みに触るなよ!」
斉藤のイタズラ心に火がつく前に、今田が自制を求める。斉藤は「上手く石をぶつけたら、ダルマ落としみたいになるかな」という考えを試みようと思っていたのだが、今回は今田の発言を聞き入れることにした。ここでイタズラをすると、周り中を敵に回しかねない。いろんな意味で賢明な選択であろう。
雰囲気的にあまり気持ちの良い場所ではないので、早々にこの場を離れた一行。下り坂はさらに続き、高度はどんどん下がっていく。テラは元気に先頭を突っ走り、それに引っ張られるように江藤(利)が後に続く。他のメンバーは、先頭からちょっと離されたところをぞろぞろと歩いている。そうして歩き続けているうちに、目線の先にいくつかの小屋が見えてきた。現在の大菩薩峠である。
小屋までの道すがらには、石塔が供えられていた。文学界の金字塔「大菩薩峠」の作者、中里介山の記念碑である。なんて書いてあるかは、字がかすれてしまってよく読めない。読めないんじゃ仕方が無いねという感じで、皆一様に通り過ぎる。ギネスブックにも記載されている大作の作者なんだから、せめて文字が読めるように管理すればいいのにと思わせる。もっとも、厳しい自然環境に晒されて、ありのままに風化していくことを良しとするというのも悪くはないが。
そのまた少し行くと、今度は黒い円形の石台があった。台上を覗き込むと、遠望できる山々が記されていた。この場所からは、遠く南アルプスの山並みを見ることが出来るようだ。
「なになに、おおあれはまさしく甲斐駒ケ岳じゃないか!」
霞がかかってかなり見づらかったが、峻険なその山容を望むことが出来た。いずれはチャレンジしなければならない遠くの山々を眺めながら、その時はまだ遠いだろうと斉藤は感じていた。彼は、隊員たちのレベルアップを図る為の訓練計画を密かに練っている。だからこそ、登る山の高度を徐々に上げたり、あえて難路にルートを設定しているのである。だが、目指す日本アルプス山系に挑戦するためには、技術も経験も道具も不足しているのが現状だ。「只のおちゃらけキャンプ集団では終わらせないぜ。フフフ…」そんな不気味な決意めいたものが心の中でこだましたのであった。
下山家?
Re:下山家?
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