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Smoke and Fools

We want to climb the highest place... 『S.N.F.』の輝かしくも、まぬけな記録と、徒然記。

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下山家

椎名誠の著書の中に“下山家”という言葉が出てくる。山に登ることよりも、下山することに喜びを感じているような人のことを指す。だから頂上を目指す道程では「休憩しようよ~」とか、「まだ着かないの?」とか、「もう止めようよー」というようなネガティブ発言が多く、本当に何しに来たの?と周囲に思わせる。ところが頂上に到着して下山の途につくと、途端に元気を取り戻し、先頭を歩きながら「みんな、早く行こう!」なんて言い出す。登頂過程の苦しさによる過度のストレスから精神を守るため、脳が反応して分泌する快楽物質の虜になっている多くの登山家とは、どうやら脳内麻薬が生産される引き金が異なるらしい。下山家にとっては、上りは唯辛いだけで、下りこそ登山の醍醐味であり目的なのであろう。

この日江藤(利)は、下山家としてデビューした。兎に角歩みが速い。今までの遠征で見せてきた、終始お疲れ気味といった様相が一変しているのである。愛犬テラと共に、ズカズカと先頭を歩く。その勢いは、大菩薩峠を過ぎてからますます強まっていった。他のメンバーは、あまりにも速い彼のペースに心配を募らせていたのだが、当の本人はその時“下山家”としての資質を覚醒していたのであろう。そして、その彼を強く後押しするものが二つあった。

その一つは、熊笹である。前回の遠征で、メンバーは長時間の薮こぎを強いられた。ルートをロストしてから復帰するまでの半日間、探索と薮こぎを繰り返し、江藤(利)は装備品の幾つかを失い、滑落の危機を何度も味わった。その記憶は、彼の心に深い影を落とし、トラウマとなっていたのである。

帰路の途中、一面熊笹に覆われた斜面に遭遇した。その途端、歩みを止めた江藤(利)は、

「隊長!熊笹であります!突撃ですか…」

と後ろを振り返りながら斉藤に声を掛けた。

「突撃?フフフッ、いいねえ。楽しそうじゃん、薮こぎ!きっと近道だよ!」

と答える斉藤を、恐怖を滲ませた表情で見遣る江藤(利)。ところが、この熊笹と薮こぎという言葉に反応を示したのは彼だけではなかった。

「ヨシ君のその言葉には騙されないぞ!こんなところ絶対に行くもんか!!」
「ヨシさん、やめましょうよー!もう熊笹はいいですよ…」
「薮こぎは嫌やなあ。ちゃんと道を歩こうよ」

今田、竹上、薮内はそれぞれ“かの言葉”への思いを吐露する。彼らの心にも、この夏の記憶が深く刻まれているらしい。江藤(隆)はというと、少々引きつった笑顔を見せている。彼もあまりこころよく思っていないようだった。斉藤自身は、別に好んで薮こぎをしたいとは思っていなかったが、何せ今回の行程には刺激が不足していると感じていた。何とか刺激的なイベントを追加する手立てはないものかと考えていたのである。だが、本当にこの斜面を下って行ったら、今日中に帰宅できる可能性がほとんど無くなってしまうだろうことは勿論理解している。怖がるメンバーの反応を楽しんで、刺激の代替としていたのであった。

「あれー、みんな突撃には反対なんだ…じゃあ、今日は止めようか!」

彼らの反応を充分に楽しんだ斉藤は、ニコニコしながら言う。その言葉にほっと安堵の表情を見せるメンバーとは対象的に、トラウマスイッチが入ってしまった江藤(利)は、

「熊笹イヤだー、薮こぎもイヤー!」

と叫びながら走り出す。瞬く間に彼の姿は視界から消えていった。今歩いているルートは分岐が無い一本道なので、彼が迷子になることはないだろうし、流石に途中でバテて止まっていることだろう。そう思いながら他のメンバーは、若干歩みを速めて後を追った。ところが、行けども行けども彼の姿が見えない。早足で追いかけているのだが、全く追いつかないのである。その頃江藤(利)は、下山というシチュエーションと、トラウマスイッチによって多量に分泌されたβエンドルフィンに浸され、多幸感に包まれて疲労を感じなくなっていた。一気に下り坂を駆け抜け、ロッヂ長兵衛で後続の到着を待っていたのである。

「遅いよー。ずいぶん待った!」
「利さん、速すぎるよ!」

ぞろぞろ到着する後続と、江藤(利)はそれぞれ相手に言葉をぶつける。

「利!お前、下山家として目覚めたみたいだな!」
「そうだね、利さん。もう立派な下山家だよ!」

今田と斉藤が敬意を込めて江藤(利)に言葉を掛ける。

「えーっ、なんすかその“下山家”って?」

という彼に下山家の説明をすると、

「おお、そうだ。俺、下山家かもしれない!だって、登ってる時はぜんぜん楽しくないもん!」

と、自らにピッタリの名称が送られたことに合点がいった様子。こうして彼は自覚的に“下山家”としての道を歩みだしたのであった。


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Comment

トラウマ

  • Toshi
  • 2009-06-20 18:49
  • edit
今考えてみるとね あれだけ走ってね
よくも怪我しなかったと思います。

前回の奥鬼怒川も運が良かっただけ。

次回は気をつけて行動します。

Re:トラウマ

  • koenigs tiger 〔管理人〕
  • 2009-06-21 09:26
水も食料も、もちろん体力も、下山した時にギリギリだったというのは、良くないことだと思う。それでは不測の事態が発生した時に、対応する余裕が無いということだから。私は、装備品は2割り増し、体力は8分目を常に心がけております。
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1974/07/02
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