「ああーっっっ!!!!」
斉藤が突然叫んでしゃがみこんだ。何事かと問いただしてみると、
「あれだけみんなに持って来いと言っていたのに、ストックを忘れてきた…」
なんだ、そんなことか。人騒がせな、という表情で、
「じゃあ、そこの店で見ていこうぜ。何なら、その杖でも良いんじゃない?」
「そうだよ、俺も現地調達するつもりだったからさ。いかにもって感じで、この杖はありじゃね?」
「これぇー?なんか、いかにも富士山だな。まあ、いいか…」
八角形に削りだされた木製の杖には、標高3,776mの刻印が押され、旭日旗と鈴が付いている。五合目にある幾つかの売店の軒先には、この杖が無造作に陳列してあった。一応、登山用品が置いてある店を眺めた後で、三人揃ってお買い上げとなった。何だか気恥ずかしい心持ちではあったが、何も無いよりはましである。これからの行程の無事と安全を託す装備品の一部が、果たして観光客向けの角材となってしまった。
五合目の売店、食堂の店じまいは早く、18時頃にはシャッターが降り始めた。握り飯を売っていたオバちゃんに旅の無事を祈ってもらった後、一行は駐車場へ戻り、いそいそとテントを設営した。ビールと握り飯、かきピー山葵味で腹ごしらえをした後、22時出発に向けて仮眠をとる。
しかし、眠れない。アスファルトは硬く、冷たく、寝袋を通して彼らの背骨を軋ませる。小一時間が過ぎるうちに、周囲がざわつき始め、車の往来も活発になってきたようだった。ちょっと煙草でも吸おうと、外に出た斉藤は、夕方とは一転して車で埋め尽くされている駐車場の光景を目にした。ご来光を仰ぐため、麓で時間調整をして日没後に到着した人たちは、ぞろぞろと出発し始めている。大量に搬送されていたバスツアーの客といい、彼らといい、これは頂上で混雑必至な様相を呈してきた。
「おーい、起きてるか?相談があるんだけれど」
斉藤は、テント内の臼井と鯨岡に声を掛けた。
「起きてるよ。相談って、もう出発しようっていう件だろ?俺もそう言おうと思っていた」
「テントの周囲がざわざわ騒がしくって、こりゃ、人が増えてきたねぇ」
「今出発しないと、頂上渋滞に巻き込まれそうだ。予定を繰り上げて出発しよう」
この意見には全員同意し、テントをすぐさま撤収。装備品の最終確認をした後、予定より一時間早い21時に五合目駐車場を出立した。この時刻に登り始めれば、団体客は出し抜けるだろう。朧月の弱光を受けてボンヤリと夜空に浮かび上がる富士山頂。ヘッドライトで足元を照らしながら、三人は登頂を開始した。
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