標高2,304mの五合目を出発。日中は大きな馬車が通行するその道は、石畳のように石が敷き詰められており、正直歩きづらい。ところどころ急坂になったり、馬糞が落ちていたりと、文句のつけどころが沢山ある。
途中でジャケットを脱いだりしながら、歩くことしばし、程なく六合目を通過。この辺りから、斉藤の体に異変が生じ始めた。頭痛と吐き気が忍び寄ってきたのだ。まさかの高山病。歩くペースが上がらない。
「おかしいなあ。ちょっと辛くなってきた…」
それに引き換え、絶好調なのは鯨岡である。そんなに飛ばすと最後までもたないぞという、臼井、斉藤からの忠告を意に介さず、ひょいひょいと登っていく。先行しては後続を待つといったことを繰り返していた。
臼井は、さすがに経験者である。自分のリズムを崩さず、一定のペースをキープしている。ペースが上がらない斉藤を慮りつつ、先行する鯨岡に注意を払う。パーティーとしての統一性は彼が保っていた。
山頂方向を見上げると、山小屋の明かりが暗闇に浮かび上がり、幻想的な風景を醸し出していた。麓を見下ろすと、町明かりが方々に見られた。そして何とも絶景なのは、河口湖が見せる姿である。月に照らされてキラキラと輝く湖面は、水銀で満たされているような印象を受けた。この時点では、まだ月が出ていたのである。
これらの光景は、山頂まで終始続く。正面を向くと薄暗い登山道、石、草。あとは前述の通り。変化の乏しい風景に、2時間もするとウンザリしてくる。美人三日という言葉の通り、光り輝く湖面も見慣れてしまえば、まあそんなものか、といったところ。景観の変化という楽しみが無い登山は、精神力の強さが試される。登山という苦行を紛らすものを周囲から得られないからだ。
軽度の高山病に苦しみながら、それでも何とかペースを一定に保ち、大きく遅れないように登っていた斉藤には、ひたすら我慢の時間が続いた。
そんな状態ではあったが、ガイドブックの指標時間と同じくらいのペースで七合目に到着した。ここで長めの休憩をとる。体を冷やさないように気をつけながら、各自サプリメントと水分を補給。酒と煙草は控えておくことにしたのは言うまでもない。今回は、ちょっと危ない気がした。
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