山頂に着いたは良いが、日の出までにはまだ2時間以上ある。それまで、これといってすることもなく、ただ寒さに耐えながら壁際に座り込む三人。バーボンウイスキーを回し飲みし、体を温めることに努めていた。
斉藤は、煙草を吸おうと、ライターを取り出したのだが、火花は散るものの着火しない。強風もさることながら、気圧も影響しているのであろうか。
「いいこと思いついた!!」
斉藤が得意げに声を上げると、間髪を入れずに、
「やめろっ!」
という鯨岡。
「俺らを殺す気か!!」
「まだ、何も言ってないけど??」
「お前、酸素ボンベに着火させようと思っただろ?」
「おおっ!おぬし、人の心が読めるのか?よくわかったな!」
あまりの寒さと、低酸素状態が、人の判断力を狂わせたのか。もしもそれを実行に移していたら、煙草はおろか、辺り一面火の海になったに違いない。鯨岡の言葉で、我にかえった斉藤であった。
さて、臼井はというと、膝を抱えて座り込んだまま、ピクリとも動かない。体温の放出を防ぐため、表面積を小さくしようと、膝の間に顔を埋め丸くなったままである。斉藤、鯨岡が呼びかけても、返事すらしないのだ。寝てしまったのか、と思いきや、突然はっとした表情で顔を上げた。
「俺らの様子を俯瞰で見ていた。危なく、体から抜けきってしまうところだったよ…」
まさかの臨死体験中だったようである。そういえば、臼井の装備が一番薄い。寒さに耐えかねたのであろう。これはまずいと、気つけにウイスキーを口に含み、寒さや眠気を追い払おうと必死になっていた。
しばらくすると、別の登山者が近くに座り、ラーメンを作り始めた。風に乗ってスープの香りが漂ってくる。やがて、出来上がったラーメンを上手そうにすすりはじめた。その様子を、冷え切った体を震わせながら眺めていた。今なら、マッチ売りの少女の気持ちが良くわかる。
「せめて、スープだけでも…」
「いや、こいつらを崖から突き落として、ラーメンを奪い取ろう…」
辺りには不穏な空気が漂い始めた。
そうこうしているうちに、日の出の時刻がせまってきた。それに呼応して、周囲の人口密度が増してきた。途中の山小屋で宿泊し、ご来光に合わせて登頂してきたツアー客の団体である。そういう類の人たちであるから、中にはおよそ登山するとは思えないような格好をした者もいる。何時間も寒風に吹き付けられて待ち続けている斉藤、鯨岡、臼井の三人は、お手軽ツアー客に対して、一方的に敵愾心を燃やしていた。特に斉藤は、撮影のベストポジションを盗られてなるものかと、三脚にカメラを据えて、崖の縁へと移動した。壁際を離れると、風を防ぐものは何もなく、冷たくなった体をさらに凍てつかせた。
「こんなに手が震えていて、シャッターをちゃんと押せるだろうか…」
と、心配していた矢先、新たな障害が降ってきたのである。
「パラパラパラッ・・・」
被っていたフードに何かが当たる、乾いた音がした。強風で砂礫が飛び始めたと思ったのだが、目の前に白い物体が舞っている。
「雪かよ、あははっ…」
力なく、笑うしかなかった。
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