登山道と下山道は別々になっている。その下山道は、砂礫の地面をブルドーザーで踏み固めたような感じで、遥か下方へつづら折れとなっている。道の中央は固くて歩きやすいが、両端は砂礫が柔らかく、深くて、足が沈んでいく。
すでに大勢が下山の途についていて、人の列が道に沿って、大蛇のようにうねっていた。そんな中を、快調に進んでいた一行だが、ここで一つの問題が発生した。八合目辺りで、とある建物に大行列が出来ている。トイレであった。思えば、昨夜9時から登り始めて、かれこれ10時間以上経過している。その間、用を足していなかったのであるから、その行列を作っている人々の気持ちは良くわかる。というか、割り込んででも入りたい。
「すごい行列だな。しかも、ここ、有料だ」
「どうするか…確か、七合目にもトイレがあったぞ」
「よし!じゃあ、走るか!!」
かくして、七合目まで走って下ることになった。前述のとおり、道の中央は歩きやすいため、人がいっぱいである。従って、比較的人の少ない、道の端の、砂礫が深く積もっているところを、足をわざとすべらせながら進んでいく。こういう土壌では、グリップを効かせるのが難しいので、滑り落ちる方が楽である。足腰への負担も軽減出来るというオマケ付きだ。
七合目に到着すると、またもや大行列。
「ここもか!しかも有料…」
「うーむ。有料にする事情はわかるが、俺は金を払いたくないぞ」
「同感だ。でも、無料のトイレって?」
「五合目の駐車場脇にあったぞ」
「結局、そこしかないか」
「ならば、走るぞ!!」
標高が高く、微生物が生息できない極地においては、糞尿が生分解されることなく、その姿を留め続ける。そのまま放置する訳にはいかないので、汲み取って麓まで持ち運んでいるのだ。その為の費用を、使用料という形で利用者から徴収している。糞尿を運んでいる人たちには、本当に頭が下がる思いである。だが、自然の摂理たる生理現象にお金を払うということに抵抗感を感じる彼らは、五合目まで一気に下ることを決断した。自身のリミットは近い。一刻の猶予もないという状況で、自然とペースが上がっていく。
ザァーッ、ザァーッと砂礫の上を滑るように進む彼ら。鯨岡は、スキップを踏みながら進んでいく。そういえば、彼は高校生時分、持久走(10km)でもスキップしていた。きっと、単に走るよりもスキップの方が、鯨岡にとっては速く移動することが出来るのであろう。見る間に、他の二人を突き放していく。
「ねえ、あの人。スキップしながら下ってるよ」
「新しい山の下り方だね」
周囲からは、そんな声が聞こえた。確かにそれは、新しい下山方法が誕生した瞬間だった。
ひたすら走り続けて、六合目の施設を通過した。道の傾斜がなだらかになり、時折平坦になる。さすがに疲労の色は隠せないが、やんごとなき事情が彼らを走り続けさせた。ゴール=公衆トイレは目前である。最後の力を振り絞って、ようやく五合目の駐車場まで辿り着いた。下山を開始してから2時間と少し。本日一番の下山タイムであろう。
大人としての尊厳を保てた彼らは、行程の無事を喜び合った。夜半から早朝にかけて崩れていた山の天候も、今ではすっかり回復し、太陽が一行を祝福するかのように陽光を降り注いでいた。いくつか遣り残したことはあるものの、皆それぞれに満足しているようだった。
無題
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