依然として勤務中ではあったが、斉藤はインターネットで「奥鬼怒」を検索した。会社パソコンの私用はお手のものである。
「奥鬼怒温泉郷」という文字がまず目に入った。なるほど、この地域は温泉地として有名なところらしい。
加仁湯、八丁の湯、日光沢温泉、手白澤温泉の四湯から成り、 その立地条件からあいまって、隠れた温泉宿といった風情。なにしろ、徒歩でしかアクセス出来ないのである。
だが、目当ての温泉マークにつながる情報は見つからない。検索ワードをあれこれ変えてみると、まさにこの温泉へ行ったというページに辿り着いた。
斉藤は、さらに仕事そっちのけでそのサイトを読み進める。山を歩き、川を渡り、ひたすら歩いて目的地「広河原」に到着。どうやら地図の
マークはここを指すようだ。
この「広河原」をさらに上流部に約1.3kmほど遡ると、天然記念物「湯沢墳泉塔」というものがあるとのこと。なんだかよくわからないが、珍しいものらしい。
写真に写っている人々がとても楽しそうで、ビールが旨そう、温泉が気持ち良さそうで、もうこれは行くしかないという感じ。
「いいじゃない!」
一人悦に入る斉藤。ほどなく、江藤(利)、今田を呼び、この情報を共有。
「すげー、面白そう!」
「紅葉がきれいだな。まあ、俺らが行くときには緑の葉っぱだけだろうけど、いい場所じゃない!」
「そうでしょ!それに、湯船が掘ってあったり、ブルーシートが敷いてあったりと、先達の遺構を再利用すれば、割と簡単に温泉に浸かれるよ♪」
思い思いに感想を口にする三人。
早々と興奮気味になる気持ちを抑えて、改めて本文を読み返すと、川には整備された丸太橋が掛かっているが、部分的に渡渉しなければならないとあった。
「渡渉?あー、川を歩いて渡るんだ」
「あ、ほんとだ。えー、濡れるのはイヤだなあ」
「ヨシ君、これ危なくないか?転倒したって書いてあるぞ。流されたら大変だぞ!」
萎えた発言を聞き、斉藤は言い放つ。
「なーに、おいしい思いをするのに、多少のリスクはつきものですよ。平坦な道のりなんてつまらない。危険があるからこそ面白いんじゃないですか」
…この言葉は、後に大惨事を招くのだが、その話はまた別の機会に。
ともかく、このときは斉藤の言葉に一同なるほどなと納得し、秘湯を目指すのに、川を渡るくらいどうってことないな、ということで落ち着きを取り戻した。
またこのとき、秘湯ツアーの計画は、斉藤が主導で立案することになり、全員で情報収集に当たることが決定した。
このスタイルは、その後幾度も実行された遠征計画でも踏襲されていくのであった。
その日、江藤(利)はとある地図を広げ斉藤のもとへ訪れた。
お互い勤務中ではあったが、割と時間を自由に使える職場だった為、仕事中でも趣味の話に花を咲かせることはしょっちゅうだった。
「斉藤君、この地図上の
マークってさあ、道路が通っていない山の中にあるんだけど、なんだろうね」
江藤(利)は不思議そうな面持ちで、斉藤にそう尋ねた。
「あー、これはたぶん、見ての通り、温泉がここに湧いているってことでしょ。歩いてしか行けないんだよ。
それにしても、なんでツーリングマップにバイクで行けないような温泉が載っているんだろうね」
「やっぱり温泉かぁ。そうなんだよ。たまたま、次のツーリングはどこにいこうかと地図を眺めていて、霧降高原はこの前行ったし…
なんて思っていたら、この記号に気がついたんだ」
「利さん。俺ね、前々から山奥の野湯ってやつに心を惹かれていたんだ。テレビとかで、たまにやってるでしょ。川原を掘って湯船にして、源泉と川の水を引き込んでさ」
「ああ、確かにそんな番組、たまに見るね。タレントとスタッフがリュックとスコップ背負って、ひたすら歩いた後に温泉を掘る、みたいな」
「そう。俺は、スコップを持って温泉を掘りに行くのが夢なんだ。利さん、休みを取ってここに行ってみようよ!きっと楽しいよ!」
斉藤は満面の笑みを浮かべて言った。江藤(利)もかなり興味をそそられた様子で、
「そうだね、今年の夏は温泉ツアーで決定!そうだ、今田さんも誘おうよ。きっと二つ返事で話に乗ってくるよ」
さっそく二人は、隣のセクションで仕事をしていた今田のもとへ向かった。今田は、ちょうど今、一段落ついたというような面持ちだった。
「お父さん(今田のこと。二人の子持ちで、メンバー最年長だから)!俺、たった今、いいこと思いついちゃったよ!!」
「なんだ、なんだ?ヨシ君(斉藤の名より)が思いつく“いいこと”って、大抵突拍子もないことだぞ?」
今田は、明らかに警戒した表情に変わった。言い方がまずかった、と斉藤はあらためて、
「いや、大丈夫。みんなで温泉に行こうって話を、さっき利さんとしていてさ。いいところを見つけたんだよ!」
「なに、温泉か?それならが、俺も行きたいぞ」
しめしめ、食いついてきた。そこですかさず江藤(利)が、手に持っている地図を今田に広げて見せながら、
「今田さん、ここです。すごくないっすか?道路が無いのに
マークがあるんっすよ。ヨシ君と話していて、どうやら誤植ではなく、本当に温泉が湧いているんだってことになって、
それならば、是非とも見に行こうってことになったんですよ」
「なるほどな。でも利、これはかなり山の中にあるみたいだぞ。一般道からも離れているし、どうやってここまで行くんだ?本当に大丈夫なところなのか?」
「それはもちろん歩いて行くに決まってるじゃないですか。水と食料とスコップを持って、夜はテントを張ってキャンプですよ」
「歩くって言っても、ヨシ君はいいとしてもお前は大丈夫なのか?長い距離歩けるのか?」
「大丈夫っすよ!実際行くのは8月頃の予定なんで、何も今すぐって訳じゃないです。それまでに トレーニングをして体重を絞ればバッチリでしょ?」
江藤(利)は、かなりふくよかな体型で、彼の嫁からはブタを似顔絵にされてしまう始末だった。今田も太っている訳ではないが、大柄な体格で、元柔道選手。
最近は、めっきり運動不足だった。現時点では、二人とも体力的に難あり…といった感じだった。斉藤は、特に運動をしている訳ではないが、割と筋肉質の体型。
ただし、かなりの運動不足を自覚しており、二人に負けず劣らずトレーニングの必要性ありだった。
「お父さん、大丈夫。ネットで情報を集めて、日程、ルートから持ち物に至るまで、全て俺が計画するから。みんなは、何の心配もせず、トレーニングに励めばいいよ。
何より、秘湯だよ、秘湯!森の木々に囲まれて、川のせせらぎを聞きながら、自分で掘った温泉に入るなんて、この上ない贅沢だよ!絶対楽しいよ!」
斉藤の“大丈夫”という言葉にはあまり信頼をおけないが、確かにこの温泉計画は楽しそうだと納得した今田。ここに、三人目のメンバーが誕生した。
「スコップを持って温泉を掘りに行こう!」
そんな長年の夢を実現させるべく立ち上げた、“大人の遠足委員会”。
第一回遠征後、“ Smoke and Fools ” と装いを改め、さらなる無謀な計画に挑戦していく。
登山の経験、知識、技術に乏しく、あるのは体力と根性だけというチームメンバー。
その先に待ち受けていたのは、お粗末でマヌケな結末だった・・・
その行状を写真と文章で記述していこうかなと思うのだが、
正直、自身やメンバーの恥部をさらすようなものなので、
登場人物名は全て架空のものと置き換えようと思う。
筆者自身の性格上、同じことを繰り返すということが苦手なので、
一つの話が完結する前に別の話が始まったり、
本編とは全く関係の無い話が割って入ったりする可能性は大いにある。
大変読みづらいとは思うが、ご了承頂きたい・・・と、最初に言い訳を申し上げておこう。